2013年10月30日

眠れない

 
 歳をとると眠れなくなるらしい。  
 
 
 せめて休みの日くらいはと目覚ましを遅い時間にセットしても、いつのころからか目覚ましが鳴るまで眠っていられなくなってしまっていた。
 

 
 

 学生のころは、一日中寝ていた。十二時間寝るのは日常で、二十時間くらい泥のように眠っていたこともある。小便に起きた記憶すらない。おかげで一年留年した、といいきってしまうには、留年の根本原因はべつにあるので嘘になってしまうけど。

 
 眠っても眠ってもいくらでも眠れてしまうのが悩みの種だった。
 
 それはそれできわめてつらかったが、ぐっすり眠れないという悩みとはほとんど無縁だったように思う。
 
 

 
 

 柳沢きみおのまんがに『妻をめとらば』というのがある。同名の歌に結婚や家庭に対する憧憬を投影する新米サラリーマンが主人公だったように記憶しているが、当初のイメージとはちがって物語は進展するに従いサラリーマン残酷ものの様相を濃くしていく。

 
 証券マンとして日々過ごしていくうちに世界のさまざまな暗部に次第にうちのめされていく主人公は、最後にやせさらばえ肋のくっきりと浮き出た上半身をさらしつつ「これが日本のサラリーマンの現実だ!」と叫ぶ。結婚や人生に対する漠然とした希望を歌に託した始まりかたからは予想もつかない陰惨な終わりかたがひどく印象的だった。
 
 その主人公が、物語のなかばで公園で眠ってしまうシーンがあった。
 
 仕事をさぼっているわけではなく、睡魔にうち勝てず倒れるように眠ってしまうわけだが、私にはひどく印象的なシーンだった。
 
 主人公はひとりつぶやく。子どものころは公園で寝ているサラリーマンを見て呑気な職業だなと思っていたが、あれはちがっていたのだと。あれは呑気なのではなく気絶しているようなもので、いわば討ち死に同然の状態なのだと。
 
 

 
 

 私もそれをとみに実感するようになった。

 
 眠りが浅くなり、早い時間に目が覚めてしまうようになってから、昼間がますますつらくなった。
 
 それに気づいたのは休日の午後だった。
 
 外出した昼さがりや夕方に、頭が痛くなりからだがひどく重くなる。歩いているのもつらく、家に帰ってたおれこむように座椅子に崩れ落ちていくことが増えた。
 
 あまりにつらいので、眠くなりそうな時間には家にいて座椅子で寝るようにしてみたら、二、三時間はそのまま寝てしまうようになった。はたから見れば呑気そのものだが、どれだけ眠っても疲れはとれず、むしろ眠る前よりいっそう不快になっている。むかしのように夜眠れなくなることはほとんどない。ありがたいといえばありがたいが、とうぜん一日はそれだけ短くなるし、つねに寝不足感がつきまとって離れない。
 
 あまりにつらいので、ふとんに入って寝るようになった。寝ている時間がだらだらとながくなっただけだった。
 
 これもはたから見れば呑気そうだが、まさに気絶そのもの。しかもやはりたいてい眠りは浅く、悪夢をみる。休みの日なのに仕事の夢をみるのが常態で、苦痛そのものだ。貴重な時間、CGや音楽をつくったり、映像やまんがを見たり、やりたいことは山ほどあるのに時間をどんどん浪費している。くだらない、不快な悪夢なんかに。
 
 

 
 

 15分睡眠がよいというのはよくきく。

 
 人間の睡眠のサイクルは、いちばん短いものは15分なのだそうな。
 
 そのほかに1時間30分のサイクルも基本的なリズムで、睡眠時間は6時間とか7時間半とか、1時間30分の倍数にすれば目覚めが快適だということらしい。
 
 昼寝はおすすめだが、時間は15分が最適で、30分寝てしまうとかえって疲れてしまうのだと何かのテレビ番組でやっていた。昼寝のときの姿勢も、ふとんに入ったり横になってしまうのはよくないらしく、椅子などにすわったかたちで完全に横にならない姿勢で15分寝て起きればアタマがすっきりして午後の仕事も快適にこなせるのだという。
 
 職場でやるには手頃な方法なのでやってみてはいるが、15分に限って寝てもぜんぜん効果はなかった。15分睡眠っつったって、目を閉じてから開くまでの時間を15分にすればよいのか。それとも意識がなくなっている時間を15分にすべきなのか。意識をなくすといっても15分くらいで熟睡なんかそうそうできそうにないし、どのくらいのレベルで眠ればすっきり目が覚めるのか。いずれにしろ、そんなに器用に眠りをコントロールできるわけもなし、理論どおりに実行するのも困難だろうけど。
 
 どうあれ15分だろうと5分だろうと30分だろうと45分だろうと、すっきり目が覚めたことなどいちどとしてない。起きぬけは頭が痛いし非常に不快な気分で、目をしょぼしょぼさせて二、三時間くらいうなりながら仕事をしている。まわりのひとはさぞやかましいことだろう。ふしぎなことに、何かいわれたことはいちどとしてないのだけど。
 
 

 
 

 そんなことは知っていたので、休みの日にひるま何時間も寝てしまうのはよくないのだろうとはわかってはいる。ましてふとんで寝てしまうなど、ますますよくないのだろう。

 
 でもあれは睡眠ではなく限りなく討ち死にに近い気絶のようなものなのだから。
 
 不快だ不快だと思いながら寝るのがよくない、いっそ昼寝を満喫してしまえばよい、などとどこかからきこえてきそうだけど、それができないからつらいのですけど。
 
 

 
 

 おばあちゃんが猫を抱きながら縁側でこっくりこっくりしているのはのどかな風景の象徴のように思っていたが、とんでもない。

 
 夜ぐっすり眠れないから、睡魔にかてないだけなんじゃないか? 早朝に、からだのあちこちが痛かったり、尿意に睡眠をやぶられたりして寝ていられないからしかたなく起きてしまうんじゃないか? すくなくとも私はそう。それで充分に睡眠がとれないから、一日中眠くてだるくてつらくて不快。昼睡眠不足をおぎなおうと眠ってもやっぱり不快。不快不快不快。 
 

 
 
 だれか助けてください。どうにかならんものですか。どうにもなりませんか。そうですか。
 
 
 

※この記事は2009-01-31 19:14:31にアメブロに投稿した記事を移転したものです。 なお、移転元の記事は削除済です。

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posted by 青木無常 at 21:00| デリー 🌁| Comment(0) | 不養生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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