2013年12月21日

読書録─『引きこもる若者たち』

読書録─『引きこもる若者たち』塩倉 裕/朝日文庫

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『引きこもる若者たち』他



 引きこもりに関する本はむかし読んだことがあるのは確かだが、どうもこの本だったような、でもちがうような。この本の中身に過去の記憶を刺戟される部分はまったくなかったのだが、むかし読んだ本の内容もまったく覚えていないし……。

 ただ心情的には私も圧倒的に引きこもり側であるという感覚は、むかし引きこもり本を読んだ時も今回もまったく変わらない。


 本書を読みながら、自分とのシンクロ率が異常に高いことに小さな喜びを覚えたのも事実である。いつもいつもいつもいつも、コミュニケーションに対する苦痛が重力よりも重く空気よりも濃密にひしひしと充満してぎしぎしとわが魂を圧迫してくる日常に生きている私の気持ちが、ほとんどそのままこの本の中には描写されている。それをすべて引用すれば、ほとんどこの本をまるまる一冊ひきうつさなければ終わらない。なので特に私の注意を引く一部のみ引用し、必要に応じてそれに対する感想などもつけ加えてみる。一部といっても、かなりの量だ。 




<引用開始>社会意識の面では、「怠けだ」「甘えだ」といった社会の「見方」が、親や本人たちをいっそう孤立させ、苦しい立場に追い込んでいる現実がある。絶望と精神的な疲れから、「わが子を殺してしまおうと思い詰めたことが何度あったか」「毎日毎日、自殺のことを考えています」と打ち明ける親たちも少なくない。<引用終了>(p.30)

 怠けだ甘えだといっているのは社会だけでなく、当人たちもが日々自分に繰り返しいいきかせていることだと思う。だからこそ、ますます泥沼にはまりこんでいる。だからといって、客観的にみて怠けでも甘えでもない、とはいいがたい。開き直るしかなさそうなのだ。




<引用開始>「動き出すまでに一体、何年かかるのか。いっそ交通事故で死んでくれたら、と思ってしまったこともあります」という発言には、数人の親が黙ってうなずいた。その声を追いかけるように、「私だって、何度殺そうと思ったか……」という重い告白が続く。<引用終了>(p.34-35)

 清志郎だって歌ってる。いくら美辞麗句をならべたって、いないほうがましだと思われてるヤツもそこらじゅうにごまんといる。おれたちがそうなのか、とおれたちは日々おびえ暮らしているのだ。




<引用開始>人との付き合いの面では、小学校高学年のとき、小さな変化があった。一人でいることが苦ではなく、休み時間もじっと椅子に座って考えごとをしていたような貴男さんが、このころ、<自分は友達がいない人間だ>と気になり始めたのである。/クラスには当時、ほかにも独りぼっちの子はいた。あるとき、級友がその子をさして「あいつ、友達いないんだぜ」と言うのを、貴男さんは耳にした。「ドキッとした」という。/「友達がいないと低く見られるんだ、と思いました。でも、自分にはいなかった。自分は恥ずかしい人間なんじゃないかって思えてきたんです。それからは<友達を作って、クラスで頼られるような人間にならなきゃダメだ>って考えるようになりました<引用終了>(p.41)

“友人がいないと低く見られる”というのは、正しくそのとおりじゃないか。この独白を行っているひとは、一人でいることが当初は苦ではなかったらしい。苦ではないまま、大人になれればよかったのかもしれないが、そういうひとは、現実に存在するとしてもごく少数なのではないかと想像できる。ともあれ、私の場合でいえば、ものごころついたころから、ひとりぼっちはバカにされるという強迫観念にずっと追われつづけてきたような気がする。今でもその想いは変わらない。苦にならなければ、何も問題はないのだろうが、苦になるものは苦になるのだ。執着なのだろう。わかっていても捨てられない。




<引用開始>中学二年の終わりに、思い切って母親に、「僕、このままじゃ、ダメな人間になっちゃうんじゃないかな」と、SOSを出した。親に初めて見せた「弱音」だった。/「僕は小さいときからずっと、『弱音を吐いてはいけないんだ』って、自分に言い続けてきました。でも、あのときは我慢ができなくて、口から出ちゃいました」/だが母親から、「なに弱音吐いてんの!」と強くたしなめられただけだった。/「戸塚ヨットスクールへ行くか? 精神病院へ行くかいっ!」/心の中に、<分かってもらえなかった>という失望感が残った。/「母親は、怠けだと思ったんでしょうね。すぐ僕を内科の病院に連れていって、『どこも悪くなんかないじゃない。だったらもっと、しっかりしなさい』って言いました。それを聞いて僕は、<体の不調は認めてくれても、心の不調は認めてくれないんだな。もう、つらくとも、親には相談できない。一人で持ちこたえるしかないんだ>って覚悟を決めたんです」<引用終了>(P.43)

 この母親、死んでほしい。最低だ。こういう無神経で無慈悲な人間がそこらじゅうに充満して、いい気になってまともな人間とやらを演じている。虫唾がはしる。ほんとうにほんとうに死んでほしい。最近たてつづけに無差別殺人を犯しているやつらも、本来の標的はこういう“まともな人間”ヅラしたクソどもだったはずだ。どうせ人を殺すんなら、せめてこういう連中を選んでほしかったものだ。とにかくこの母親はカスだ。こういう無神経なバカが、子どもを愛さない親はいないとか脳みそ使わなさすぎるクズ発言をしゃあしゃあとのたまうのだろう。ほんとうに殺してやりたい。ふざけるな。




<引用開始>ある自習時間のこと。教師のいない教室で孝子さんは、五、六人の男子に頭からごみ箱をかぶせられて、そのまま床に倒された。足で踏みつける男子もいた。だが周りの級友たちは彼女の方を見ようともしなかった。床の上で彼女は、そうした級友たちの姿を見上げていたという。/「誰も助けてくれなかったんです。みんな、見て見ぬふりでした。机に向かって、勉強しているふりをしていました」/その瞬間、何を思ったのだろうか。彼女は少し考えたあとで、こう答えた。/「<これが世の中なんだ>って……」/彼女はその日、学校を無断で早退し、家に帰った。やがて担任が家に迎えに来て、「あんたのおかげで、あたしが校長先生に怒られたんだから」と、孝子さんの無断早退を責めた。それを聞いて、母親も「先生が迎えに来てくださったんだから、早く戻りなさい」といった。/「なぜ家に帰ったのかという理由は、聞いてもらえませんでした。問題児は私の方でした。母は、私がいじめられているということは知っていたはずなのに……。(後略)」<引用終了>(p.69-70)

 この項では、さらに最低な存在が出現する。教師だ。この教師にもぜひ死んでほしい。おれたちのような人間にとっては、害毒そのものだ。親もだめだが、前項のバカ母よりはいくぶんましなような気がする。あくまで相対的には。




<引用開始>学校での「いじめ」にしても、彼女に心理的なダメージを与えたのは、決して「いじめっ子」だけではなかった。傍観していたクラスメート、悔しさを受け止めてくれなかった親や教師……。彼女から見れば人間不信は、これら全員によって植え付けられたのである。<引用終了>(p.71)

 前項とここではおれは、見て見ぬふりをする級友に近い。おれだって、こんな場面でいじめをとめる勇気はとてもじゃないがわかない。罪悪感は、一生つきまとって離れないかもしれないし──あるいは、すぐに忘れてしまうできごとであるかもしれない。ここではおれも最悪な“他者”のひとりでしかない。




<引用開始>最後の数ヶ月、娘は夕方になると、孤独に耐えられなくなって部屋から出てきた。そして、「お母さん、助けて」と言って泣いた。/「怖いよー」「やりたいこと、いっぱいあるのに、できないよー」……/泣く気力さえ日に日に失っていく二十一歳の娘を、母親はただ、「愛してる、愛してる、愛してる」と言って、抱き続けたという。一九九六年春のことだった。/娘は、その夏、自ら命を絶った。日記には、「私は怖いです。外にでるのがこわいです。と書かれていた。<引用終了>(p.92)

 このお母さんは、文面から受ける印象に限っていえば、よい母親のように思える。でも娘さんは死んでしまったのだ。愛してるという言葉が、娘さんにとっては真実味が感じられなかったのだろうか。でも少なくともこの娘さんは、親にすがりついて泣いている。信頼を感じていたと考えていいのではないか。それでも、生きられなかった……。なんという深い絶望なのか。抱きしめてあげるだけでは足りないのか。

 私は結婚していないしするつもりもない。以前から、私のような人間に幸せな家族などできるとはどうしても思えなかったからだ。これを読んでますますそう思った。

 世に結婚する男女のいかに多いことか。彼らは怖くはないのか。能天気にうまくいくと思っているのだろうか。産業革命以前の大家族などもうどこにもない。子どもを守る意識もひとびとにはない。ただ無難に大過なくすごすことにだれもかれもが汲々としている。真実や正義などどこにもない。そんなものをふりかざせば、不機嫌な大衆に理不尽な逆襲をくらうだけ。そう、われわれに不満や怒りをぶつけてくるのは、もはや悪人ですらない。そこらにいる、普通のひとびとではないか。こんな世の中で、どうして能天気に家族をもとうとしたがるのか、おれにはまったく理解ができない。むろん、ちゃんとした家庭できちんと愛されて育った、真にまともな人たちは別だよ。

 そんな人間、どれくらいの割合でいるのか、知れたもんじゃないがね。だれか統計とってくんねえかな。




<引用開始>「いま、価値観の多様化とか言うけれど、全然、そうなってない。スピーディーに、ネアカで……。その逆の子は、生きられないじゃないですか」<引用終了>(p.98)

 まったくそのとおりだ。携帯の住所録に何人入ってるとか自慢するヤツ。おかしくねえか? おれたちは、なぜひとりでは生きられないんだろう。

 そういえば、人はひとりでは生きられないんだから、とか、真顔で説教くれたカウンセラーが以前いた。頭に脳みそではなく糞でもつまってるんだろう。こんな糞頭でもカウンセラーと称してひとさまに説教くれて悦に入ってるわけだ。なぜこんな糞頭ばかりがでかいツラして闊歩しているカスのような生きるに値しないつらい苦しい世の中で、「死ぬのは卑怯」だの「それでも生きることはすばらしい」だのと能天気に吐き散らすことができる人間がそこらにごろごろいるのだろう。彼らくらい鈍感にならないと、「まともに」生きることなど不可能なのではないか。




<引用開始>一年半前からこもっているという東京都の女性は、親への矛盾した感情を持て余していた。/「良い成績を取ったときと言いなりになったときしかほめてくれず、『親にとってのよい子』という条件つきでしか私を愛そうとしなかった。そんな親に、恨む気持ちを抱えています。顔も見たくないのです」/「にもかかわらず、にもかかわらず、愛された自覚がない分、親の愛に飢え、愛されたいと願っているのです」<引用終了>(p.159-160)

 条件付の愛だ。子どもを愛さない親はいない――わけがない。子どもを愛さない糞親程度ならどこにでもごろごろいる。しつけと称してガキを殺害する狂人は論外だとしても、そこらにいる“普通の”親たちのいったいどれだけが、無条件に、子どもを受容していることか。いうことをきかない悪い子は愛してあげません。いうことをきかない悪い子は捨てます。陰に陽に、彼らはそういうメッセージをガキどもに送りつづける。暴力に“しつけ”とルビふるバカとまったく変わらない。まともな人間が育つわけがない。“いうことをきく良い子”を演じつづけて、いびつに歪んだ“普通の”やつらが社会に蔓延すりゃ、そりゃ世界もおかしくなるわさ。

 いっそ“私の思い通りにならない子どもは悪い子”と正直にいえばいい。“子どものためを思って”とか白痴じみたゴミせりふを吐き散らす脳梅親は自覚がまるでない分、よけいに腹が立ってしょうがない。ほんとうに死んでほしい。死ななくてもいいから、せめて子どもはつくるな。ああ、ついに白痴という言葉を使ってしまったな。だって、ほんものの白痴よりこいつら白痴だし。

 家族をつくっていいのは、真に幸福な家庭に育った、真にまともな人間だけでいい。そうすれば、おれたちのような認定されない不幸な人間は最初から生まれない。世界もきちんと調和するだろう。進化論なんざ当たってないんじゃないのか。




<引用開始>札幌市豊平区に住む七十一歳の男性からは、「人と生きたいなら、己が自立することこそ先だろう。友人が多いか少ないかは些少のこと。他に共感を求めることに汲々とするのは甘えである」という投書が届いた。/この男性は、戦時中に学生として過ごした経験を持っている。/「友人は徴兵され、可能性を試すチャンスもなく、世を去った。精神も五体のうちなのかもしれないが、頑強に生きた戦災孤児のことも考えると、親のすねをかじり、こもっている若者には、『なぜ』と思ってしまう」/「今、個性を発揮できる領域は、昔より、はるかに広い。うじうじしているより、己に何ができるかに、なぜ、思いを巡らせないのだろうか」……/◆/この意見を新聞で紹介したところ、五十七歳の男性から、反論の手紙が送られてきた。/「引きこもりの人間を『甘えだ』と決めつけることは、寒風にさらされて作業をする者が風邪を引いたとき、それを『不注意だ』と責めることに似ています。もっと乱暴なたとえをすれば、それは、背の高い者が背の低い者をさげすむことと同じことです」/この男性は三十代のとき、それまでの自分の生き方に罪の意識を抱き、つらさから逃れるためアルコールに走った。病院に何度も入れられ、郷里では村八分に遭ったという。/「引きこもる青年たちは、甘えるしかない自分に苦しんでいるのだと思います。なのに、それを見て、単純に『甘えだ』としか考えられない人たちがいる。そういう人たちがいる限り、青年たちは、いつまでも引きこもることになるでしょう」/「ものごとを知った者は謙虚になる、と私は思います」……<引用終了>(p.175-176)

 後半部の反論部分は心強い。くりかえしいっている“自転車に乗れるひとびとの中の、自転車に乗れない孤人”と同じ内容だ。同じ感覚をもっている人がいることに、ホッとする。

 札幌の老人のいうことももちろんまちがってはいない。だが、おれたちは「己に何ができるかに」思いを巡らせた挙句、何もできないことをつきつけられて愕然とせざるを得ない状況に追いこまれているのだということも、理解してほしいものだ。

 五体満足であれば何でもできると思っているなら、それは苦い幻想にすぎない。五体満足で何でもできる人間などそこらじゅうにいる。突出できないもの、才能のないものは、状況は何でもできるとしても、やりたいことをやらせてもらえることはない。否、やるのは勝手だが、だれもそれを評価できないし(何せ才能がないのだから)、従ってそれで暮らしていくこともできない。趣味でやればいいというかもしれないが、生活に追われてそれどころじゃない。結果、すり減る一方だ。札幌のじいさん、教えてくれ。社会に参加すればいいのか? 才能のないおれたちが参加できる社会は、人から収奪することを強要する社会なんだぜ。人の望みをかなえるのではなく、人の苦情をいかにかわして、いかに無難に切り抜けていくかを日々くりかえさせられる社会なんだぜ。おれたちの苦労を斟酌せず、己の希望が容れられないことばかりに腹わたを煮えくり返らせた、大声で叫ぶ、理不尽な要求を押し通そうとするヤツらばかりを相手にしなきゃならない社会なんだぜ。そんな社会が、農薬まみれの食品を流通させ、賞味期限を改竄させ、でたらめな産地を記載させているんだぜ。これは、一部の悪徳企業の、悪質な特殊事情などでは、決して、ない。そこまで露骨で、明らかに法律に違反した悪意をたれ流すバカは多くはないかもしれないが、法律に抵触しない範囲で、おれたちは他人からこっそりといろいろなものをかすめとることに汲々としなければならない社会に生きているんだ。そんな社会に参加することが“自立”であり“己に何ができるかに思い巡らせた”結果であることに、札幌のじいさんよ、何か意義が見出せるのか?

 教えてくれ。札幌のじいさん。

 ま、この本の取材当時の札幌の「七十一歳の男性」は、もうとうに死んでいるかもしれんがな。ひとさまにえらそうに説教たれまくったあげく、悦に入ったまま「幸せ」に。




<引用開始>横浜市青葉区に住む三十九歳の男性は、「引きこもりは現実からの逃避かもしれないけれど、真実からの逃避ではないと感じます」と感想を寄せた。/「むしろ、狂い始めた社会に目を閉ざしたまま疾走する大人社会こそ、真実からの逃避であり、真実からの引きこもりではないでしょうか<引用終了>(p.177)

 あ。さっそく前言の裏づけが。やった。わかってる人もいるんだ。ホッとする。




<引用開始>社会で何をしたらいいか分からないという若者たちの言葉の裏には、何があるのだろう。精神科医の町沢静夫さんは、こんなことを語っている。/「社会があまりにできあがってしまっていて、夢を持てるほどの自由度がない。生き抜くことが、つらく重くなっているんだと思います。今の社会、責任ばかりが重くて、ちっとも冒険的な面白さがない。これでは、立ちすくみますよ。成熟拒否の傾向が出るのも、こうした社会状況の反映でしょう。泣きながら大人になる時代なんだと思います」<引用終了>(p.177-178)

 泣かなくても大人になれる無神経なヤツらが、無神経な定型句を恥ずかしげもなく吐き散らして、悦に入ってるんだろうな。そして泣きながらでも大人になれないおれたちが、甘えてる怠けてると罵られ、敗北者の烙印を押されるわけだ。




<引用開始>「大人には理解できないと思うけど、今の子供社会なんて大人より激しいよ。ミエ、うそ、仮面だもん。誰一人、本物の自分は見せないし。やっぱり本物の自分を見せると、ボロボロになるじゃん。そんな偽りの友とか社会とか、意味ないなって思うでしょ。私、くだらない世の中がいやで、よく学校休んでた」/「プリクラのシールの数が多いからって友達が多いわけでもないし、PHSも携帯も世の中に踊らされてるだけでしょ。人とのコミュニケーションなんて、かったるいだけだよ。私も記事を見て、引きこもりたいって思ってしまった。もう何もかも、かかわりたくないって。でもやっぱ、さびしいからね」<引用終了>(p.178)



<引用開始>薬で治るケースをカウンセラーが「心の問題だ」として抱え込んでしまっている弊害は、一部にあると思います。「愛がなくとも薬で治る」という例が実際にはあるのです。ただ一方、「五分間診療」と言われるように、「今の精神科医療には問題がある」という見方にも、それなりに理由があると思います。(中略)都道府県の精神保健福祉センターには医師もカウンセラーも福祉ワーカーもいますので、援助の拠点になりうるでしょう。<引用終了>(p.194-195)




<引用開始>何らかの「きっかけ」があった人もいれば、だんだんと引きこもっていった人もいます。長い間に積もってきた不安が、たまたまあるときにあふれた、ということもあるでしょう。また、もともと長い間にある種の「心のクセ」が身についてきていて、そこへ何らかの出来事が起きたことで自信をなくしたり、人に会いたくなくなったりする例もあります。/──「引きこもり」は自己防衛的な行動である、という言い方がありますが?/そういう面は確かに、あるでしょう。<人と接触すると、何かを守れない>と感じているケースは多いと思います。/──「引きこもり」は繭にこもっている時期なのだ」という言い方もありますね?/将来の準備につながる面のある「繭ごもり」のケースと、単に恐れて「要塞にこもっている」だけのケースの両方があるだろう、と考えています。全部が「繭ごもり」だと言ってしまうと、援助のための介入機会を逃してしまう心配があります。家族に「見守ること」の大事さを伝える場合でも、そうした両方の視点を踏まえておくべきだと思います。」/──「引きこもり」は差別や偏見の対象になっている、という言い方があります。一方で、「これは偏見の対象というよりも、偏見の帰結なのではないか」と感じることもあります。<怠けだ、甘えだ>という目が、ますます青年を部屋の中に追い込むからです。/何十年か前までは、学校に行きたくても経済的な理由や家業の手伝いなどで行けない子も少なくなかった。それが、今では「学校には行かなきゃいけない」に変わってますよね。<この数十年で、よくこれだけ単純な物差しを作ったなあ>と感じることはあります。もし「引きこもり」が日本に多いとしたら、この物差しの問題が絡んでいるかもしれません。<引用終了>(p.197-198)

 繭ごもり、という言葉は共感できない。確信はないけど、そういう人って、少数なんじゃないかという気がしないでもない。要塞にこもっているだけのケースの方が、圧倒的に多いんじゃないか。だからますます問題なのであって、彼らをむりやり要塞から引きずり出しても、いっさい、なにも、絶対、解決しないと思う。“援助のための介入”を、具体的にどういった方法でやれば効果があるのかを見つけなければ、どうにもならないように思う。

 偏見の対象ではなく偏見の帰結、というのは洞察。すごい。




<引用開始>社会からの役割要請には応えたくない。しかし、その社会を変えていくような力も自分にはない──。そう感じて立ちすくんでしまうのは、特別な若者なのだろうか。/森田さんは、こう言う。/「人々の意識は、公よりも個や私が大事だと思う方向に変化しています。けれど現実は、自分に素直な生き方を許してくれない。とにかく生産性を上げようとする論理、効率至上主義の圧力がそれです。こうして中で役割期待が重くなり、子供も大人も逃げられなくなってきている。そうしたことと引きこもり現象との間には、関係があると思います。」<引用終了>(p.230)

 説明の必要もあるまい。甘えだ怠けだ吐き散らしてるヤツらは、たまたまいろいろなことがおまえらの周りでのみ、うまくいっている(ように今は見えている)だけなんじゃないかとちょっとくらい想像してみたら?




<引用開始>二十代の若者が成熟していくための足掛かりが「会社」しかないような、この社会のあり方そのものが、ここでは問われているのだろう。<引用終了>(p.230)




<引用開始>個室やファミコン遊びといったパーソナルな空間を求める心理は、「めんどうな対人関係、わずらわしい人間関係は排除していく」という傾向に結び付きやすい、と私は思う。私たちは、人間関係の中から「わずらわしいもの」を捨て去ろうとして、人間関係そのものを捨て去ってしまうという愚を犯しつつあるのではないだろうか。<引用終了>(p.231)

 そのとおりなのだろうが、われわれはここから新しい生き方を模索すべきなんじゃないかなあ。ただ、わずらわしいものなくして人間関係なし、というのは、一面の真実を含んではいると思う。どうすればいいのやら。




<引用開始>「引きこもりは、社会的な役割期待からの後退ではないか」という考えを聞いたとき私は、精神科医の町沢静夫さんへのインタビューの中で聞いた言葉を思い出していた。/引きこもる青年たちの心情を、町沢さんは次のように推し量ってみせたのである。/「いまや社会があまりにもできあがってしまって、夢を持てるほどの自由度がなくなっている。責任だけは重いのに夢はない。ちっとも面白くない社会です。だから生き抜くことが、つらくて重いことになってきている。社会に出るのを前に、立ちすむ人が出てくるのも当然でしょう。泣きながら大人になる時代なんだと思います。」/この社会はそれほどまでに面白くない社会なのだろうか。町沢さんは、こう問いかける。/「今の社会、普通の力で、どれでけ創造的に生きられますか。大人や社会は、言われたことをこなしていくロボットを望んでいるのに……。若者や子供が<これじゃあ、まず創造的には生きられまい>と思うのは、むしろ常識的なことではありませんか」/この言葉を、<あまりにも悲観的な見方である>と無視するのはたやすい。しかしここにはおそらく、現代人の抱える深い諦念や絶望感に通底する心情が含まれている。<引用終了>(p.231-232)




<引用開始>問題が「不登校」であれば、まだ私たちは、「学校」を悪者にすることで、無関係を装うことができた。だが「引きこもり」の場合、間に介在してくれる何かはない。青年たちが引きこもることで拒絶しているのは、おそらく、この「社会」そのものなのである。<引用終了>(p.232)

 でも実際には、だれも何も考えてない。これほど明白な歪みがあちこちで噴出しているのに、だれも何も考えていない。なんだか高所から眺めている気になって、えらそうなことをいって悦に入ったり、あるいは現代社会とやらを嘆いてみせるだけ。もちろん、私もそう。これじゃよくなるわけがない。どうすればいい? たぶん、誰も答を知らないのだろう。答を知らないなら、せめてえらそうに人に説教たれるのだけは遠慮できないものか。むりか。おれのこの文章自体が、糾弾だもんな……。でも甘えだ怠けだ愛だ自立だと吐き散らかしてる白痴どもほど思考停止はしてないつもりだけどな。




<引用開始>九六年八月三日の朝日新聞の記事によれば、ドイツでは、学生が大学を出て職業に就く平均年齢は二十八歳なのだという。/日本で「引きこもり」をしている青年たちが責められるのは、主に「二十歳を過ぎたのに就職をしないから」である。では一体、人が社会に出ていくのは何歳であるべきなのだろう。/たとえば心理学者の間からは、「青年期が三十歳まで延びてきている」という指摘が出ている。しかし、「二十歳」と「三十歳」の間にある十年のギャップを真剣に考えようという意識は、社会の中にはまだまだ薄いように見える。/このギャップは、この先いくつもの矛盾を社会に生みだしていくだろうと、私は感じている。今の世の中は、「自分は大人になれない」と感じている大量の若者に、ある時期、一律に「独りで大人になること」を強要する仕組みになっているからである。<引用終了>(p.240-241)

『マスター・キートン』に、似たようなセリフがあったよね。現代社会において、ぼくたちは、いくつになれば成熟するのだろう。いくつになれば成熟した大人になれるのだろう。




<引用開始>女性は、クラスでいじめられていた。しかし、彼女がいじめの事実を認めてもらおうとしても、級友は誰も「いじめがあった」とは認めてくれなかった。その結果、逆に彼女の方が嘘をついていることにされてしまった。そのとき受けた心の傷が長年、彼女をどん底の人間不信に追い込み、引きこもり生活が続いていた。/転機は、偶然に訪れた。一緒の電車に乗っていた女性からある日突然、彼女は話しかけられたのである。女性は、かつての級友だった。/「私、あなたがいじめられていたこと、証言できます。あのとき黙っていたこと、卒業してからも、ずっと気になっていたの」/結果的にはこの一言が、彼女を救い出す決め手となった。彼女は自分から社会に出て行き、今も元気に働き続けているという」/この女性のケースのように、社会や家庭といった環境が「あまりにも不当で理不尽なもの」に見えてしまうときが、人にはある。といって世の中を変えたいと願っても、それは容易にはかなわないのも現実である。いっそ環境から引きこもってしまうことで自分を守ろうと考える人が現れるのも、一つには、こうした背景があるのだろう。<引用終了>(p.244)

 少しだけ救われる。少なくとも、見て見ぬふりをしたことで、苦しんでいるひともいる。あのとき助けてもらえなかったことも、真情を垣間見られることで溶けて流れてくれるのかもしれない。




<引用開始><自分という存在は他者とつながっている><他者に受け入れられている>という実感を持てること。それがときには、矛盾に満ちた環境を自ら受け入れていくための「足掛かり」や「より所」になる。それによって、たとえ現実の不当さや理不尽さは完全には解決されなくとも、何とか生きていく場所を見つけられる可能性がある──。そう見えるのである。<引用終了>(p.245)




<引用開始>自己信頼を高める試行錯誤は、しかし当初は、試行錯誤によって高められた自己信頼が未成熟な状態で開始されねばならない。そこで必要になるのが尊厳の初期値。失敗しようが自分も世界もOKだという感覚だ。乳幼児期の「包括的承認」が必要となる所以である。/包括的承認とは、理由なき全面的承認のこと。逆に条件付承認なるものもある。頭がいいから、カワイイから、お前はいい子。でも敏感な子は思う。頭がいい子も、カワイイ子も、他に幾らもいる。頭が悪くなり醜くなった自分は、それでも果たして存在を愛でられるか。/条件付承認に先立って充分な包括的承認の享受がある場合、それでも存在を愛でられうると確信できよう。逆に、先立つ包括的承認の不十分な場合には、条件付承認は、承認の反対物、すなわち徹底した不承認と、殆ど等価な意味を持つようになる。論理的必然だ。<引用終了>(p.256-257宮台真司の解説部分)

 やっぱ条件付きの愛はダメってことじゃん。でも、こういう親ばっかだよ、実際は。だから見て見ぬふりする良い子ばかりが社会に蔓延して以下略。




<引用開始>包括的承認を与える能力を欠き専ら条件付承認のみを与える親に、子供が抱え込まれてしまった場合、三つのことが生じる。第一に、尊厳の初期値が欠落するから、自己責任でなされる試行錯誤に永久に乗り出せない。万が一試行錯誤に乗り出そうにも親が封殺する。/第二に、試行錯誤が培う自己信頼から見放されているので、プライドと自己信頼が著しく乖離し、プライド(他者の期待に応えうる自分というイメージ)を温存可能な安全圏(親元だったり同じ穴のムジナ集団だったりする)から、永久に出られないままとなりうる。/第三に、蓋然的に起こりうることだが、当人が、自分が安全圏から外に出られなくなった理由が親(重要な他者)の抱え込みにあることに気づき、以降、親(重要な他者)に対する依存を前提とした憎悪を抱き始める。これは家庭内暴力の主要原因にもなりうる。<引用終了>(p.257-258同上)

 試行錯誤に乗り出せないってのは、つまり努力する下地がまず存在しないってことでよいのかな。となれば、努力しないで欲しがってばかりなのは甘えだ怠けだって論理自体が、崩壊するよ。だって、そもそも試行錯誤に乗り出すことを親に封殺されているんだから。そんな状態で甘えだ怠けだといわれても、腹わた煮えくりかえるだけだってのはむしろ当然だと思うんだが、甘えだ怠けだと高飛車に決めつけて悦に入るしか能のない思考停止人間に、論理的に反論できるか?




 以上。




 私が思春期を迎えたころは、「登校拒否」のはじまり出した時代であった。

 中学の終わりごろに、私のクラスにひとりの転校生がやってきた。うわさで、彼女が前の学校で登校拒否をしていたときいた。教師からは、特に何かの指示が出た記憶はない。私はもちろん当時も、クラスになじめない孤独な少年であったから、当然他人の世話を焼こうなどという余裕はかけらもなかったので、おそらく話しかけたこともなかったが、他の生徒たちがどうしていたかも記憶にない。おそらく、とまどいはあっただろう。だが積極的に彼女を仲間に迎え入れようという動きがもしあったとしても(なにしろ、当時も受験地獄ではあったが、今ほど不機嫌な時代でも世界でもなかったし、みんなそれなりに親切だったと思う)、結果はたいして変わらなかったと思う。私の記憶では彼女が顔を見せたのは一日だけ。転校してきてから卒業するまで「登校拒否児」以外の彼女の顔を、われわれは見る機会すらなかったのだ。

 思えば私の育ってきた時代は、いろいろな問題の萌芽が顔を見せはじめた端緒にあったのだろう。

 社会に出て働くのが、私はとてつもなくイヤだった。大学を一留したのも、そもそもその原因となった、だれにも学校にいくことを強要されない環境で授業を無視して下宿に閉じこもりきりだった四年間を過ごしたのも、ひととのコミュニケーションをとるのが苦痛でしかたがなかったから。留年したあげく就職活動もいっさいせぬまま、卒業だけはどうにかしてそのまま私はフリーターになった。フリーターという言葉自体が、当時はじめて口にされ始めたばかりの時代だった。就職しないなどとんでもない、という風潮がまだ世の中にどっしりといすわっていた時代だった。

 三十代になってから、半年ほどだが、引きこもりも経験している。

 それまで私は、借金をしたことがなかった。フリーターで貧乏ではあっても、あくせく働くよりは最低の生活費を稼ぐだけであとは娯楽や創作に時間をあてることに、より価値を見出していた。だから、初めて借金をした時に、何かが崩れたのかもしれない。

 フリーターであることへの限界が頂点に達したころ、私のような履歴のガタガタな社会的落ちこぼれが正社員になる方法として、漠然と、コンビニという職業を考えていた。ただ、社会貢献などする気はあいかわらずさらさらなかったため、時給の高い夜中の時間帯を希望してとある店に勤務を開始する。だが、試用期間の一ヶ月だけ、という約束で昼謹についたにも関わらず、私よりあとに入った男が私の頭をとびこえる形で深夜帯にシフトされたとき、私の不満は爆発した。確かに彼はコンビニ経験者で仕事もひととおりできたようなので(それだけに先輩のいうこともきかなかったらしく、店員の評判は最低ではあったのだが)、しかたがないかな、とは思わないでもなかった。が、もっとも腹が立ったのは、そのことに関して私に対して何の説明もなされなかったこと(奇しくも、今現在、勤務内容においてあのころのコンビニ時代と全く同じく、状況説明がなされないまま約束が宙づりの状況に立たされている。そろそろ今の仕事でも爆発する日がくるかもしれない)。約束を説明もなく反故にされたことを理由に、私は退職を宣言した。実をいえば、コンビニに勤めることのの限界も早々と感じ始めていたこともある。

 つぎの仕事のあてもない、とてつもなく暑い夏だった。プロバイダの料金を払うためだけに作っていたJCBのカードを使って、初めての借金をした私は窓用エアコンを購入した。それをきっかけに、限界まで金を借りて生活費にあてだし、その後サラ金に手を出したころは完全に引きこもりと化していた。外食にいったときの注文時と支払段階の「ごちそうさま」以外、私は声すら出さなかった。その外食とコンビニでの清算時以外、ひとと接することさえしなかった。自分が腐っていく実感が日々のしかかり、借金が膨張していく不安は恐怖と化して実体化し、世界も時間もなにもかもが、何一つ動きのない硬直した地獄と化していた。

 結局、三十をこえた男が、親に泣きついて借金を清算するという、きわめて情けない顛末となったのだが、あの半年間の地獄は忘れがたい。もう一度体験することになれば、自殺への距離は当時よりきわめて近いだろう。そして、いつ、もう一度あの地獄へと落ちるとも知れぬ危ういタイトロープの上を、私はコミュニケーションに対する苦痛と絶望を背負いながらゆらゆらと今も、毎日毎日、毎日毎日、くりかえしくりかえし危うくよろめいている。限界も近い。否。もう、とっくに限界を、おそらくこえている。

 口にするさえ馬鹿ばかしいが、あえて口にする。

 そして世界は助けてくれない。見向きもしない。

 この本を読んで、少しは、少しだけは救われる。私の年代では、私のような人間は異端であろう。いまでも彼らは異端であることは変わりはないが、同じ境遇の人間が増加しているということは小さな小さな、小さな救いだ。

 明日死ぬところを、一年位は延ばしてくれるかもしれない。その程度の救いではあるけれど。




<付記>

 と、いうような、半生めいた個人的な記録を記載してみた。つぎのような揶揄がきこえてきそうなので付言しておく。

 おまえの引きこもりなんざ軽い。たいしたことない。世の中にはもっとひどい状態のひとがたくさんいる。――引きこもりを抱えた家族あたりからこういったものいいや思いが出るとしても納得はできる。恐いのは、本人からこの手の<自慢>が得々と語られることだ。

 内容は確かにうなずける。私は今日までは、どうにかこうにか、社会の片隅にしがみついて、とりあえずまだ力つきてはいない。力つきて社会への門を閉ざされ、そこをくぐる目算すら見えない状態のひとに比べればおそろしく<普通>であるかもしれない。仮にそんなことを思っているひとがいるのなら、次の言葉を捧げておこう。バングラデシュの子どもらと変わってやれ。……おまえらはおれよりひどい状態かもしれないが、おまえらよりもっと、精神ではなく精神的に追いこまれるレベルにすら至れない悲惨に耐えて生き、死んでいくひとは世界中にごまんといる。程度の問題をわざわざ持ち出してひとの苦しみを「たいしたことない」と逆決めつけしたいなら、おまえらですらたいしたことないひとびとの状況に想いを馳せてくれ。そうすれば、それでも「ああ、自分は彼らに比べれば格段に幸せなんだなあ。明日からもっとがんばって生きていこう」――などとは簡単に思えない自分の現状を改めて突きつけられるはずだ。程度の軽い重いの問題じゃない。そんなことを押し付けられるのは、おれたちより強い者の集合体である社会から、だけで充分だろう。弱者自慢はやめてくれ。

 無論、程度の差でしかないことを認識し、むしろ同意してくれるひとのほうが多いのかもれないが。

 女の敵は女、というセリフをよくきく。同じことを思う。弱者の敵は弱者――とはいわせないでほしい。

 福祉を食い物にして、弱者であることを優越・弾圧の道具にしている輩は別かもしれないがね。



 傷つけられることを、病的に回避しているんだね。私は。


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※この記事は2009年10月18日 18:52にアメブロに投稿した記事を移転したものです。

なお、移転元の記事は削除済です。


posted by 青木無常 at 20:00| デリー 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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